黒住 宗忠 (くろずみ・むねただ 1780−1850)
幕末の神道家。
備前藩から孝行息子として表彰されるほどで、
「黒住の孝行息子」と周囲からあだ名されたという。
様々な託宣や病者の救済を行いながら、
37年にわたって各地で布教活動を続けた。
宗忠神社は慶応元年(1865)、
孝明天皇によって勅願所となり
(孝明天皇が定めた勅願所は宗忠神社のみである)、
翌年、従四位下の神階を宣下された。 <Wikiより抜粋>
編集後記。。。
地元の図書館のホットスポットがサーバダウン中です。
どうすることもできず、すごすごと帰るはめに。
これがほんとの“強制終了” なんちて……。
幕末の神道家。
備前藩から孝行息子として表彰されるほどで、
「黒住の孝行息子」と周囲からあだ名されたという。
様々な託宣や病者の救済を行いながら、
37年にわたって各地で布教活動を続けた。
宗忠神社は慶応元年(1865)、
孝明天皇によって勅願所となり
(孝明天皇が定めた勅願所は宗忠神社のみである)、
翌年、従四位下の神階を宣下された。 <Wikiより抜粋>
人に悪人はなし
悪人と申す者は、心の強きものにて
心の力余るだけのものが悪をいたすなり
その悪を止むればほんとうの善人なり
有り難きことのみ思え
人はただ今日の尊き今の心の
みな人の悪しきはおのが姿なり
よくかへり見よ清き心を
「忠兵衛さんの勉強(書道の手習い)には感心します。
しかし、三十の心をもって習われては退屈になりましょう。
その上、腕も上がりませんから、やはり七、八歳の
子ども心になって習われるのがよいでしょう。
そうすれば退屈もせず、
年取った人でも上達するものです」
神は鏡のごとし
我が心の誠をもって拝まずば
向こう所に正神はご座あるまじ
むずかしく思ふこころぞ地獄なり
やすく楽しきこころ極楽
天照らす神の心にかないなば
よろずに成就せざることなし
心、神になり候えば、すなわち神なり
仏になり候えば、すなわち仏なり
蛇になり候えば、すなわち蛇なり
そのところ外に道なきと存じ承り候
海あれば山もありつる世の中に
せまき心をもつな人々
千早振る神代も今も同じ世を
みな末の世と思ふ憐れさ
鬼追わず福をもとめず我はただ
追われし鬼を福にみちびく
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すごい内容でした〜〜